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Linux.com Japan

風穴 江の「Post O Dream」

19年前のLinux

 

 今年の8月25日は、Linuxの19回目の誕生日である。19年前のこの日(日本時間では8月26日)、comp.os.minixというニュースグ ループに、当時ヘルシンキ大学の学生だったLinus Torvaldsが、新しいOSを作ったことを公表するメッセージを投稿した。後にLinuxと呼ばれるようになったOSの、これが世界に対する最初の明 確な発表であるということで、8月25日がLinuxの誕生日と言われるようになった。

 実は、このメッセージの2カ月ほど前となる7月3日、同じcomp.os.minixにLinusは、以下のような投稿を行っている。

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Hello netlanders,
Due to a project I'm working on (in minix), I'm interested in the posix standard definition. Could somebody please point me to a (preferably) machine-readable format of the latest posix rules? Ftp-sites would be nice.
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 このメッセージにある「a project I'm working on (in minix)」というのがまさにLinuxカーネル開発のことであった。この年(1991年)の1月に念願のPC/AT互換機(CPUはi386)を手に入れたLinusは、その冬の間に、大学のUNIXシステムに電話回線経由でログインするためのターミナルエミュレータを自作した。ターミナルエミュレータといっても、それは何かのOS上で動作するアプリケーションではなく、それ自体でブートし、メモリやモデム、キーボードなどのハードウェアリソースも自前で管理、制御する単体システムのようなプログラムだった。これがうまく動くようになると、次に、ファイルのダウンロードやアップロードをしたいという欲求が沸いてきた。ここでもLinusは、二次記憶装置のドライバやファイルシステムといったファイルハンドリングのための機能を自前でインプリメントすることにした。これがその年の春ごろのことだった。やがて、ファイルの読み書きがどうにか出来るようになったとき、Linusはハタと気がついた。これはもはやターミナルエミュレータというより、OSじゃないかと。ここまで来たらOSとして他のプログラムを実行できるようにしてみよう、そのために必要な仕様は……ということで、先のPOSIX仕様書を求めるメッセージが投稿されることになった。

 それからの2カ月、Linusは基本的なシステムコールの実装に没頭し、8月の終わりに近づくころには、gccとbashが動くまでになっていた。わずか2カ月で主要なシステムコール(この段階で実装されたシステムコールは20個程度だったようだ)を実装し、その上でシェルやコンパイラを実行できるようにしたのは、その書かれたコードが決してエレガントなものでなかったとはいえ、簡単なことではない。そもそも自作ターミナルエミュレータから始まったそのシステムが、半年でOSとしての機能を有するまでに拡張されたのだから、そこに注がれたLinusの情熱は相当のものだったと言えよう。この情熱的な集中力は、この前年に兵役に従事し禁欲的──Linusにとってはコンピュータに没頭できないこと──な1年を過ごしたことと無関係ではないように思う。

 自作の新しいOSでbashとgccが動くようになったことを公表した8月25日のメッセージでLinusは、このOSのことを「just a hobby, won't be big and professional like gnu」と書いている。本人もまさかこれが、十数年後に社会インフラのシステムでも広く使われるようになるとは夢にも思わなかったのだろう。

著者プロフィール

風穴 江 (かざあな こう)

1967年青森県生まれ。青森県立八戸高校卒。テクニカルジャーナリスト、コラムニスト

1990年から「月刊スーパーアスキー」誌(アスキー刊、1998年に休刊)の編集に参加。GNUプロジェクトなどのフリーソフトウエア動向を担当していた関係から、Linuxは、それが公開された直後からウォッチし続けている。1998年にフリーランスジャーナリストとして独立。そのかたわら、1999年4月から2001年5月まで、日本で初めてのLinux専門情報誌「月刊Linux Japan」の編集長を務める。1999年より「Japan Linux Conference」( http://lc.linux.or.jp/ )プログラム委員。2002年3月から株式会社テックスタイル取締役。

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