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カーネルハッカーズ座談会 - Kernel3.0 & Linux20周年特集 -

1991年8月25日に産声を上げたLinuxは、 昨年で 20周年を迎えました。そして、カーネルのメジャーバージョンも3.0に更新。この2つの大きな節目を迎えたLinuxについて、日本を代表するコミュニティ開発者、Kernel Hackerの皆さんの集まって頂き、お話を伺いました。
終始笑いにつつまれた座談会の様子を、4回シリーズでお届けしています。

(編集部注:このインタビューは昨年(2011年)の夏に開催されたものです。時勢等はその当時のものであることをご了承下さい)


連載第1回】  連載第2回】  連載第3回】  連載第4回


連載第3回

座談会の連載3回目です。ここからは、ハッカーの皆さんがこの世界に入ったきっかけや開発体制の話が話題になっています。お楽しみください。


参加者:
亀澤さん(富士通)・平松さん、西島さん(日立)・野村さん(NEC)・フェルナンドさん(NTT)・山幡さん(VA Linux)・岩松さん(ルネサスソリューションズ)
司会:杉田(Linux Foundation)


杉田:  先ほども話に出ましたがGoogleとかSAMSUNGとか、組込み系の人がどんどんコミュニティに参加し、色々変化が出てきています。Linuxが誕生して20年、皆さん方はこの世界に入って20年もたってないですが、でも長く関わっていると思いますので、お聞きしたいのですが、この世界に入った頃のLinuxおよびコミュニティと、今を比較してどう思いますか? 自分の開発生活の変化や開発環境の変化など、変わったなぁと思うことを教えて下さい。


フェルナンド:  15年前に趣味でLinuxを始めました。その頃は、まさかそれが本業というか、自分の仕事になるなんて思わなかった。時代の先端で格好良かったし、コミュニティに入れて楽しかったし、手ごたえがあった。やりがいを感じられた。それがいつの間にか仕事になって、楽しさとか自由さの面を忘れがちになってしまった気がしますよね。まあ、おっさんになったという言い方もあるけどね。趣味の世界が、ある意味堅苦しい世界になった。5~6年前までのオタワのLinuxカンファレンス(解説 15)と、今のカンファレンスでは、参加に関して精神的な何かが違いますね。


平松:  でも、Plumbersカンファレンスはまだその雰囲気が残っていますよ。


フェルナンド:  オタワのカンファレンスはすごく良かったよね。例えばWhisky BOFというイベントがあったり。なんていうか、みんなが楽しんで議論していた。


杉田:  確かに。最終日にはパブを借り切ってあったので、真夜中までお酒を飲みながら、いろいろな人と話をしましたね。そこで多くの人脈を築くことができた。帰国便が早朝だったから、そのまま徹夜で空港に行くなんてこともあった。


平松:  手作りのイベントのような暖かさと自由がありましたね。

【解説15】Ottawa Linux Symposium
1999年から開催されているLinux国際シンポジウム。直前にKernel Summitが行われるスケジュールのため、発表者ではないメンテナも多く参加することで有名だった。その頃はLinuxのイベントが少なかったこともあり、多くの開発者が参加して、会場で、通路で、カフェで、最終日の夜には深夜までパブで、メンテナやコア開発者と議論を行った。多くの人脈がここで作られていった。現在も、規模は縮小しているものの、毎年開催されている。


西島:  僕はその頃を知らないので、話を聞くととてもうらやましいです。


杉田:  Linuxが本当に好き、という集まりから、ビジネス的な要素、企業的な色が強くなってきた気がしますね。Linuxが普及して、システムに不可欠な技術のなってきたということだけど、少し寂しい気もしますね。


フェルナンド:  エコシステムの形態が変わったというか、多様性が出たのでしょう。 これから入ってくる若者が、そういう楽しさっていうか、体験できないのではないかなあと思うと寂しいですね。


西島:  僕はLinuxを5年前から始めたんですけど、その5年前と今を比べても、急激に伸びていることを実感します。実は、同期と配属の話をした頃には、Linuxの部署はあまり人気がなかったんですよ。でも、今は人気があって入りたいと希望する人が多い。すごく変わったなあって思います。優秀な人がどんどん増えてきてうれしいですけどね。

フェルナンド:  大学時代は?


西島:  大学時代は、カーネルやOSを専門的に勉強していたわけではなく、趣味で使っていました。


杉田:  そういう意味では、西島さん以外は、Linux開発の過渡期を体験してきているのですね。参加した頃って、どのような感じでした?


平松:  僕が会社に入社した時には、日立はまだ今ほど開放的にコミュニティに参加していませんでしたね。もっと小さいプロジェクト的なコミュニティにフォーカスした活動でした。


杉田:  実は、その頃にコミュニティ開発の体制作りをしていたのは私です。平松さんが会社に入った頃は、ちょうど富士通やNECとの協業を開始して、コミュニティ活動への第一歩を踏み出した時期でした。ですので、今のような解放的なコミュニティ活動はまだできていませんでした。その頃は、社内でコミュニティ開発の経験がなかったこともあり、リスクを心配する声もありましたので、実績を示しながら活動を広げていきました。少し時間はかかりましたが、平松さんや他の開発者の人たちが着実に実績を積んでくれたおかげで、今では自由にコミュニティ活動ができるようになりました。


亀澤:  その協業は、エンタープライズシステムにも適用できるLinuxを作るって内容のものですか? 僕が富士通に入ったときは、その協業が終わっていました。残念ながら関われなかった!


野村: 僕は、ちょうど10年くらい前から仕事でLinuxに関わりはじめました。Linuxコミュニティとの関わりを仕事としてどうするかというのは、手探りでしたね。最初はLinux JF Project(解説 16)でProcfs のカーネルドキュメントを翻訳したりしました。その頃のLinuxにはダンプ機能がなかったのですが、LKCD というダンプ機能のプロジェクトがあって、それに対するパッチをコミュニティにコントリビュートしたり。その頃に4社協業が始まって、ダンプとかログとかトレーサとか、メインフレームや UNIX にはあるけど Linux に欠けているような機能を一緒に整備していこうということになりました。当時はこれらの機能を取り込むまでには至らなかったけど、今ではダンプは kdump機能が取り込まれているし、個人的には取り込むのが難しいのではないかと思っていたトレーサも最近はトレースポイントが入って当たり前に使えているし、凄いですよね。10年くらい前に既存のUNIXシステムに入っていた機能は、今はほとんどLinuxに入っていて、そのコントリビュートはひと段落したのかな、と思います。今は、仮想化機能など、次の段階に入っていますね。

【解説16】Linux JF(Japanese FAQ) Project
Linux に関する解説文書・FAQ などを作成・収集・配布する日本のプロジェクト。
http://linuxjf.sourceforge.jp/


杉田:  そういう意味では、今は、皆さんは、所属企業公認でコミュニティにコントリビュートしているんですよね?


岩松:  はい。確かに、昔から比べるとコミュニティ参加環境が良くなりましたね。本当にこんなことできるの? やって大丈夫なの? という人を説得してコントリビュートした時代が懐かしいくらいです。


(一同うなずく)


 



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